2013年6月28日金曜日

第3回発表を終えて

本日は4人でした。どれも内容の濃い興味深い話でした。私の感想を述べておきます。

8 Fさんの実体験にもとづく第2言語習得法

Fさんは、高校時代のブラジル留学体験の話を中心に話してくれました。ポルトガル語を学ぶということにしっかりとした目標をもって、それをきちんと実践したという経験は、おそらく揺るがない信念となっています。おそらくそれは間違いないことだと思います。やはり留学して、現地でことばを使いながら学ぶということが最も効果的なのだということを裏付けています。

しかし、Fさんも言っていたように、留学だけでことばは学べるわけではなく、それには様々に工夫しなければいけません。ここが大切だと思いました。Fさんのポリシーは、とにかく「実際に使う」ということです。実際に使うために、とにかく現地の社会に入り込み、徹底的にコミュニケーションを取ることです。これは単純ですが、なかなかできることではありません。

また、教育実習で生徒にアンケートをしたら、留学したい生徒がたくさんいたというデータはとても貴重でした。Fさんが体験を話したあとかもしれませんが、日本の若い人は内向きだとよく言われますが、本当はそうではないということを示唆しています。なぜ日本の若い人が外国に行って勉強しないのかには、おそらく多くの理由があります。個人的には、教育や社会システムに不備があると思います。その一つには英語教育も関わっています。英語を教える教師自身に留学などの機会が与えられていません。

言語教師認知的に言うと、日本の英語教師の考えの中に留学に対する思い込みがあります。何か特別なことのように考える傾向があります。留学体験をした生徒が日本の英語授業の教室に戻ると、とたんに口を閉ざしてしまう例も多々あります。英語を実際に使うことを目標に授業が行われていないことが一因です。

教師を非難しても始まりません。英語教育に対する要求が特異なものになってしまっているからです。教師自身もそれほど豊富な海外体験をしているわけではありません。また、留学したとしても一過性の経験です。継続的にはなっていないことが多いのです。

Fさんが述べるように、もっともっと多くの人が気安く留学できるしくみがほしいです。まず、費用面での支援が必要です。次に、留学することが就職などに悪影響を与えないことです。さらには、持続的に日本と海外で学習したり、働いたりできるようになる社会的システムが必要でしょう。

このようなことを、もっともっと外国語教師が交流することで、状況を理解し、改善するために研究する必要があるでしょう。Fさんのような人がもっと活躍できる社会にすることが重要だと思いました。

9  Tさんのポルトガル語教師のインタビュー

Tさんは、日本でポルトガル語を教えながら、ブラジル文学や日本文学を研究している大学の教師に言語教師認知的な観点からインタビューを試みた。私は、Tさんのこのアプローチは言語教師認知の研究の神髄だと思っています。Tさんは気づいているかどうかは知りませんが、なぜこのポルトガル語の先生にインタビューしようと思ったのかです。つまり、Tさんも述べていたとおり、Tさんのインタビューを通して、ポルトガル語の先生が自分を振り返る(reflection)できたと言ったそうです。おそらくTさんも振り返りができたはずです。このような相互作用が私は大切だと思って、言語教師認知研究に興味を持ちました。Tさんは、おそらく、私と同じような意識を持ったのだと思います。

インタビューと観察は、言語教師認知の研究方法の大きな部分を占めます。この場合、観察は直接授業を受けてきたということですから、相当の観察をしてきました。しかし、インタビューで、その裏にある教師の信条あるいは信念(beliefs)を少し明らかにした点が、この調査の意義となります。Tさん自身が大きな影響を受けた先生の考え方を理解することは、Tさん自身の教師としての立ち位置を確固としたものにするでしょう。それは、このポルトガル語の先生をまねる訳ではなく、自分の教師認知を形成することにつながります。

ポルトガル語を教えるということと、中学や高校で英語を教えることは、方法論の上ではかなり異なります。しかしコアにある「学生や生徒の能力を信じる」という姿勢は共通しているのではないかと思います。

TさんはTさんにとってとてもいい先生と出会ったと思います。その出会いをよりどころにして、Tさんも同様に自分が教える生徒に接してもらいたいと思います。その際に気をつけることは、TさんはTさんであるというしっかりとした教師認知を持ってほしいことです。しかし、教師認知はやわらかくある必要があります。あまりかたくなである必要はありません。Tさん自身いろいろと迷うこともあったようですが、それはきっとプラスになるでしょう。教師はいい仕事です。

10  Oさんの教育実習体験

Oさんもポルトガル語を勉強してきて、英語の教師になることを考えているそうです。教育実習を終えた体験を率直に話してくれました。Oさんは某伝統ある私立の中学生を教えてきました。生々しい話もありましたが、このような事実を率直に話してくれることはとてもありがたいことですし、また、それを聞けることがこの教師認知の研究にはとても大事だと思っています。

Oさんが話したいことはたくさんあったと思います。おそらくここでは言えないこともあるはずです。教育実習の意義は、その経験を率直に振り返えることができるかどうか、あるいは、したかどうかで、その後の教師としての姿勢が決まります。物事は深く考える必要があります。なぜこの学校ではこのような教え方をしているのか、なぜ生徒はこのような学校生活を送っているのか、などを考えると、起因となる要素がいくつか見えてきます。塾にほとんどの生徒が行っているという事実があるとすると、授業はどこに焦点を当てるのか?あるいは、テストは教科書をおぼえればOKという勉強方法で本当によいのかどうか?教師は生徒に何を期待し、生徒は教師に何を期待するのか?

私は聞きながら、Oさんはどのように英語を教えたのかと興味を持ちました。生徒はたぶんほとんど問題のない生徒で、予習をしてくるだろうし、授業の反応もよいでしょう。中学校2年生を教えたそうです。中学校2年生というのはけっこうむずかしい年頃です。話の中で、教育実習ではよい経験をし、ある程度教えることにも自信ができたように見えました。

Oさんの話はけっこう多岐にわたっていたようですので、様々に調査したことをレポートでまとめてくれるとありがたいです。教育実習を振り返って考えることは大切です。それあるポイントに焦点をしぼって見つめ直すと今後教師としての柱を立てることができるでしょう。

11 Sくんの生徒の学習動機付け(motivation)についてー教育実習経験から

今回の言語教師認知論は、教育実習を受ける学生が多く、「教育実習で何が変わったか?」などをテーマに一度討論してみればよかったかと反省しています。実にそれぞれの方が異なる経験をしてきます。おもしろいと言えばおもしろいのですが、教育実習とは一体何だろうとあらためて考えさせられます。Sくんは、教育実習中に生徒の動機付けについて調査してくれました。高校1年生を対象として6月の調査ですから興味深いデータとなったのではないでしょうか?

それとともに、教師の考えも調査しています。これを比較するとおもしろいですね。母校ということもあり、母校をまた違った目で見られたことと調査の視点として独特の結果をもたらすのではないかと思います。学校というのはそれぞれ学校文化があります。いわゆる伝統ということですが、それを破ることは危険でもありますが、ある面必要な面があります。いくらカリキュラムが変わっても教える本質は変わりにくい。教師は変わっても、学校という場のエネルギーが強い場合が多々あります。

教師認知を研究する場合、この場(文脈)が重要だと考えています。「教師が変われば学校が変わる」ということが言われますが、それだけでもなさそうです。教師の意識が学校と生徒という環境とともに変わる要因はけっこう複雑です。中学校の場合だとたった一人の生徒が学校を荒れた学校にするということが起こりえます。しかし、それが起こるのは、その生徒がきっかけとなるだけで、元々その要因はいくつかあったことが考えられます。

アンケート調査で「学習のしかたが分からない」という生徒が多かったというのは、たぶん教師は気づいていると思います。問題は、その原因はどこにあるかでしょう。中学や高校や大学でも入学したときにいろいろと悩みます。そのような学習に対するてだては教師が授業をする上では最も大切と言ってもよいでしょう。教師はとかく授業の教え方にこだわります。しかし、生徒が教師を信頼する場合は、単に教え方だけではありません。実は日頃の学び方に対するケアをきちんとしている教師はだいたい生徒から信頼される傾向にあります。問題は、教師が忙しかったりして、それを怠ることです。

 Sくんの教育実習はたいへん充実していたようです。ぜひ教師になって教壇に立ってください。学習の動機付けは大切ですが、現在の高校生の多くの大きな動機付けは受験だったりします。英語を教えるという目標は、私はやはり英語を使えるようになってほしいということだと思います。そのために教師は何をする必要があるのかを考えてほしいと思います。生徒が「学習のしかたが分からない」という実態の裏にある大きな問題を考えてほしいと思います。

以上、いつものとおり。誤字脱字その他ご容赦ください。明らかな間違いは指摘してください。

本日もおもしろかったです。ありがとう。




2013年6月23日日曜日

第2回発表を終えて

発表者が5人はやはりちょっと多かったかもしれませんが、しかたありません。発表者の方はそれぞれたいへん興味深いトピックで面白く聞かせてもらいました。議論する時間があればもっとよかったですが、それはみなさんの思考に任せましょう。私の感想をここに述べておきます。

3 K1くんの教育実習体験

K1くんは、教育実習で実によい体験をしたようです。教師になりたいという気持ちが増したでしょう。いい先生になると思うので、ぜひ先生になってほしいと思います。私が高校の教師になることを決意したのも教育実習でした。

日本の教育実習のしくみは実に曖昧で学校や現場教師の善意によって成り立っています。指導教師となる現場の教師によって、あるいは、学校によって、時期によって、変わります。最悪の経験をすることも人によってはあります。なんとか改善してもらいたいですが、たぶん変わりません。現場の先生方の意欲が支えています。実に日本的です。

K1くんは、何事にもよく準備し考える人のようです。授業も相当に考えて、自分なりの意思決定をして、教えたと思います。学んだことも多いでしょう。限られた期間なので、自分がどのような態度で実習に取り組むかがその後を決めると思います。その点、K1くんは、教えることの方法や内容よりも、生徒ととの関係性に重点を置いたようです。それがある面で成功して、とてもよい結果になったということでしょう。

生徒との授業でのやりとりが次第にうまくいくようになったことや、体育祭での受け持ちクラスでの体験は、決して偶然にそうなったわけではなく、K1くん自身が生徒ととの関係性を重視するといく姿勢が生み出したものでしょう。教師認知的に言うと、この関係性は重要です。特に、日本の学校教育では、多くの教師がそう考えています。学校文化がそうなっています。また、生徒もそれを期待します。K1くんはそれきちんとうまく実習したと思います。

英語を教えることについては、広く使われている指導内容や方法をまねたそうです。目の前の実際の生徒のことをよく考えてそうしたのでしょう。ここにも K1くんの人柄が表れています。自分の教え方の技量を試すということではなく、あえて生徒の事情を考慮したということです。これは教師としての自然な考えでしょう。授業をするということは、一方的ではよい結果を生みません。

最終的なレポートは、K1くんの教育実習の記録とリフレクションで十分です。できれば、感動のストーリーをそのまま物語として綴ってもらうとありがたいですね。

4 K2さんのIB(international baccalaureate)カリキュラムについて

K2さんも教育実習の話題です。K2さんはIBの認定を計画している高校に教育実習に行きました。発表時間が限られているので、実習体験のことはあまり話しませんでしたが、よい体験をしたと思います。自分が高校生のときの印象とは違った目で教職員の人を観察するよい機会だったでしょう。

IB(international baccalaureate)については興味ある人は調べてみてください。おもしろいです。関心のある人はIBの教師の研修を受けてみるとよいでしょう。いずれにしても、文部科学省の政策として進めています。東京都は国際都市ですから、学力向上とグローバル化を目標に、中高のカリキュラムの改善を図っているのでしょう。大変なのは学校現場であり、教師たちです。教師が自分たちで結局工夫しなければいけない状況だと思います。



理念的には、IBはとてもよいプログラムだと個人的には思いますが、導入しようとしている教師の人たちや生徒が負担とならないように配慮したほうがよいでしょう。K2さんの説明だと、学習指導要領にそった内容を1年間で学習し、あと2年でIBの内容を行うということです。ひょっとすると詰め込みになりそうな懸念があります。それでは本来のIBの理念を見失うような危険があります。

IBの目標は次のようになっています。


The International Baccalaureate aims to develop inquiring, knowledgeable and caring young people who help to create a better and more peaceful world through intercultural understanding and respect.
To this end the organization works with schools, governments and international organizations to develop challenging programmes of international education and rigorous assessment.
These programmes encourage students across the world to become active, compassionate and lifelong learners who understand that other people, with their differences, can also be right.

英語力の向上や海外の大学に行くことだけが目標ではありません。しかし、日本でIBを高校から導入するとなると、やはりそれなりの工夫が必要になります。そのあたりは、私にはよく分からないので、K2さんがもう少し探求して調査してもらえるとありがたいです。

5K3くんの教育実習体験

K3くんも教育実習の経験をもとにした話でした。K3くんの教育実習経験の特徴は、英語ではなく、社会という科目での体験でした。K1くんともK2さんとも違う体験です。データとしては、好きな科目と嫌いな科目について提供してくれました。英語は「できる、できない」がはっきりしてくる科目です。特に中学ではその傾向が強くなります。その大きな要因が教師です。科目の好き嫌いは、教師のパーソナリティや人間性などに大きく左右されます。

K3くんの話は、あまり準備されていなかったかもしれませんが、興味深く聞きました。特に、K3 くんの人柄です。生徒にはかなりのインパクトを与えたのではないかと思います。また、教師としての情熱です。K1くんも同様でしたが、教育実習でも生徒との関係を大切にし、生徒一人ひとりとのコミュニケーションを重視しました。たとえば、休み時間にも教室に居て生徒とかかわるという姿勢です。その基本にあるのが、書物にばかり頼るのではなく、まず行動という考え方です。寺山修司が「書を捨てよ町へ出よう」と昔訴えました。一理あると思います。

情熱は人を動かします。教育にはもっとも大切な要素です。私は、K3くんやK1くんのような熱い人が教育の仕事に進んでいくことをありがたいと思います。問題は、その情熱がうまく機能するかどうかでしょう。いままでも多くの教師がそうしてきたし、いまでもそういう教師はたくさんいます。特にこの授業は、言語教師認知を話題にしています。その点からすると、言語教師として教育に対する情熱をどう生徒に向けるかということになります。さしあたっては、英語コミュニケーション能力をどう育成するかになります。K3くんにはそのことについてぜひ研究して考えてほしいと思います。

6 K4 くんの外国語学習について

K4くんは、外国語学習について興味を持ち、中国人の二人の友人を対象として調査した。中国の英語教育と彼らの日本語学習体験について尋ねた。日本で英語学習してきたK4くんはアメリカで短期留学して彼らと知り合ったそうだ。その際に彼らが英語と日本語ができることに興味を持ったのでしょう。質問は二人だけでもよいのですが、もう少し深く質問できるとよいと思いました。中国は大きな国で地域によって相当に違い、一概に把握できません。アメリカに行ったり、日本に来たりできるということはある程度豊かな家庭の人だと思います。

中国の学校で受けた英語教育も二人ともかなり違うようです。日本とある程度似ているかもしれませんが、クラスサイズやカリキュラムや教科書も調べる必要があるでしょう。中国の大学では、話によると(正確には私は知りませんが)、CET (College English Test)という試験があり、その試験に合格する必要があるそうです。英語ができる人もどんどん増えているように聞きますが、英語ができない人もたくさんいるようです。

二人の人は、熱心な日本語学習者でもあり、日本に興味を持っているようです。やはり動機付けということは学習には最も大切なのでしょう。実際に英語を使って何かをしようとか、日本語を使って何かをしようとか、という学習意欲と、それをサポートする教師の役割は重要です。そのあたりについて、K4くん自身の外国語学習経験と比較しながら分析して整理するとおもしろいと思いました。

また、音読活動は重要であるとすると、彼らの音読活動と日本の音読活動に何か違いがあるか、授業活動はどうか、どのような点を教師からほめられるのか、など、比較してみるのも面白いですね。ぜひそのあたりから深く考えてみてください。

中国はたいへん興味深い国です。私も興味を持っています。授業も見ました。カリキュラム調査もしました。教科書も調査しました。スケールが大きいです。少し調べたくらいでは中国は分かりません。中国とは政治的にはあまりうまく行っていませんが、K4くんのように若い人たちが仲良くすることはとてもよいと思います。もっともっと交流して仲良くしましょう。

7 Tくんの英語学習はどう教えられているかについて

Tくんは、学習者の視点から英語がどう教えられているかについて考えました。教師の授業の工夫は、生徒との対話にあると言いました。また、生徒にどのように配慮し、分かりやすく教えているかがカギとなるということらしいです。おそらくそれはほぼ正しいと思いますが、では具体的にどのように生徒と対話し、どのような配慮があり、どのようにすれば分かりやすくなるのか、などということがポイントになるようです。いずれにしても、教師の人間性が重要なファクターとなるが、画一的な人間性を育成しても、教育はうまくいかないかもしれません。

受験、教科書、教師などなど、生徒の英語学習に与える影響は多々あります。教師はそれをオーガナイズするので、おそらく最も重要な役割をせざるを得ないでしょう。Tくんはいろいろと考えていることがあり、教えることには関心を持っているようだ。ぜひ様々なことに関心を持って研究してもらいたいと思う。言語教師認知的な観点から言えば、Tくん自身の教えることの探求による、考え方の変容が興味深い。本を読んだり、人と話したり、授業を見たりすることで、何かが変わるか、あるいは、まったく変わらないか、など、言語教員養成や研修に対するヒントが得られるだろう。

Tくんが調べようとしていることは、少し漠然としていますが、とても大事な点を指摘しています。外国語教育は世界中で重視されている教育です。それも多言語が推進されています。日本の事情だけで考えていると、ガラパゴス化が目に見えてきます。母語が重要なことは世界中どこでもそうです。が、母語は一つとは限らないわけです。日本語か英語かというような論議は不毛な気が個人的にはします。また、英語だけの外国語学習も問題です。受験やテストの点数だけの英語教育も問題です。さらに、教育のすべての責任を教師にばかり押し付けるのも問題です。これらのことをTくんがどう考えるのか期待したいと思います。

5人の方、ありがとうございます。

一つ断っておきます。誤字脱字などについてはご容赦ください。見直さずにざっと感想を述べています。私の誤解もあると思いますが、重大な間違いありましたらご指摘ください。

毎回、楽しく聞かせてもらっていますが、5人だと時間が短くてすみません。発表できない部分はレポートでお願いします。レポートは枚数制限はありません。









2013年6月17日月曜日

第1回発表を終えて

今回は、スピーカーは二人でしたので、余裕を持ってお二人の方が話題にしたことを、みなさんで深めることができました。来週からはそうはいきませんが、できるかぎりみなさんにとって学びの場になるようにしたいと思います。

言語教師認知の研究の目的には、自己の探求があります。みなさんが関心を持つ言語教育の話題と経験はすべてその目的にかないます。お二人の発表の感想をまとめておきます。

1 Yさんのカナダ留学経験ー「言語教育の方法にみる言語認識の差異についてー第2外国語教育」

Yさんの調査は、カナダと日本の外国語教育について比較し、言語の学び方や教え方についての違いを分析しようとしているようです。本日は、そのカナダでの経験をもとにカナダの外国語教育とESLの実際について語ってくれました。やはり実体験に根ざすものはたいへん興味深く、資料などは貴重だと思います。一般化することはむずかしいですが、一般化する必要のない認知を提供しています。

Yさんは、高校時代にカナダのSaskatchewan州に留学したときの経験をもとに、言語教育や言語学習について話してくれました。Yさんは、カナダと日本の言語教育を比較してみたいということです。おもしろい視点です。比較研究はきちんと行うと相当にむずかしい研究となり、エスノグラフィー的に両方の地域の様々な情報を集める必要があります。それは無理ですので、私は、Yさんを通して見た違いの特徴のいくつかを分析することで、おもしろい調査になると考えます。

カナダも大きな国ですから、Saskatchewan州のカソリックの学校のカリキュラムはたぶん一端に過ぎません。カナダ全体を述べることはできません。また、同様に日本もそうです。しかし、Yさんが今回の調査で行う視点は、まず、YさんのSaskatchewan州での学びの体験です。授業で話してくれたことはたいへん興味深かったですね。私はカナダのことはあまり知らないので、話を聞いて興味を持ちました。実際機会があれば行ってみたいと思います。なぜなら、カナダの教育は質がよいと聞いているからです。私が興味を持って調査しているフィンランドは、カナダとの関係が強いようです。共通の興味関心があるし、教育にある面で力を入れているからでしょう。

それに較べると、日本の教育システムは硬直していて、うまく機能していないように思います。しかし、それでも日本はいまだに高い教育水準を維持しています。日本にはある面では世界に誇れる教育伝統がありますが、言語教育についてはどうでしょうか?Yさんの話を聞きながらそんなことを考えました。

言語認識の差異は大きなテーマです。私は単にYさんが感じた言語認識の差異に興味を持ちます。Yさん自身の言語認識はカナダでの経験に根ざすのかそれとも元々備わっていたのかというような観点で分析してはどうかと思いました。それを日本で現在勉強している人の認識と較べてみてはどうでしょうか?

Yさんは、教員にはならないそうですが、教育についてとても真摯ですばらしい理念を持っているように思います。ぜひ教育についてかかわり、活躍してもらいたいと思いました。

2 Nさんの「英語学習における教師と生徒のモチベーションの差異について」

何が英語学習の動機となるのかという課題はたいへん重要です。現在の英語教育でも最もみなさんが関心を持っていることではないでしょうか。言語教師認知の研究も動機付け(motivation)との関連は重要だと考えています。特にNさんがテーマとした教師と生徒の相互作用は重要なテーマです。教師の思いと生徒の思いはたぶん相当に違っていると考えられるからです。教師の意図することが生徒にそのまま伝わると良い結果をもたらすと考えがちですが、実際の授業や学習ではどのようなことが起こっているかは意外に分かっていません。

教師としては、生徒の学習に対する動機付けがうまくできれば、教師としての仕事の大方は達成したと言えます。「なぜ英語を勉強するのか?」という疑問を持つ、あるいは、意欲がない場合、ほぼ学習を成立させる要件がないので、教師が授業をする場合はたいへんです。しかし、何が動機付けとなるのかはケースバイケースでしょう。動機付けの多くの研究がなされています。拙書『言語教師認知の研究』でもその点には触れています。学習が成立する要件は、学習者から見れば、目標、動機付け、自律学習、学習環境、教材、支援、教師など、複雑な要素があります。教師から見れば、授業の目標、カリキュラム、指導法、指導技術、指導知識、授業活動運営、評価などが必要な要素です。

教師の動機付けに対する考えと、生徒の動機付けに対する考え方は、それぞれの立場が違うためにぴったりと一致しないでしょうが、それを整理して分析することはおもしろいと思います。その際、かなり広範囲になるので、ある程度視点を絞る事が大切でしょう。

私個人としては、Nさんの発表の中で、Nさん自身の英語学習に対する履歴と動機付けはたいへん興味深かったです。高校までの英語学習に対する母親のサポートと、それに応えるNさんの関係性は、やはり母親に対する信頼関係がベースにあるのだろうと思いますが、Nさん自身に明確な目標がたぶん早いうちからあったのだと思います。実際はNさん自身にしか分かりません。様々な要因が複雑に作用して英語学習に対する動機付けがなされたのでしょう。そのヒストリーに興味があります。

小学生や中学生が英語学習を進める場合、教師の存在は大きいと思います。Nさんはこれから教育実習に行くそうですから、このテーマにそって教育実習を考えてみるのもよいと思います。忙しいかもしれませんが、教育実習は貴重な経験なのでぜひ有効に過ごしてください。

さて、本日は時間に余裕があり、たくさん議論ができました。次回からはそうはいきませんが、みなさんの発表を期待しています。どうか真摯に取り組んでください。




2013年6月12日水曜日

いよいよ発表です

いよいよ発表です。みなさん、それぞれの発表をよく聞いて、いっしょに考えましょう。

2013年6月1日土曜日

テーマは多言語を考えるでしたが。。

多言語を考えるということがテーマでしたが、それぞれのリサーチの構想を発表してもらって終わってしまいました。

言語教師認知の研究は、言語にかかわる人、特に教師が何をどう考え、どう行動し、どう振り返っているか、を探求することを目的にしています。その探求が、教師であれば、自身の教え方や学び方の改善につながり、教師でなくても、自分が活動しているコミュニティ(法律やビジネスや科学技術など)での言語の役割を考え、その意味から、言語教育全体のあり方への提言ができるだろう、ということに貢献すると考えます。

それぞれの人の視点が多様で、発表やレポートが楽しみです。授業のときにも言いましたが、失敗してもかまわないので、チャレンジしてください。また、大胆な仮説や提言は大歓迎です。

教育実習を経験する人は、まさにフィールドワークの現場にいて、教師の仕事を観察する絶好の機会です。つまり、エスノグラフィーです。

また、教育とはまったく関係のない人も、どの分野でも言語は重要ですから、その視点から様々に調査は可能です。

調査の基本は、自分自身のデータを集めること です。それから、それに関連する文献 を確認し、どのようなことを背景に データを見て、分析すること です。

具体的には、

アンケート
観察
インタビュー
日誌

など。

とりあえず、あまりむずかしく考えないで、取り組んでください。

多言語のことは、時間がなくなって話すことはできませんでしたが、多くの国や地域は多言語多文化です。

人はみな違った複雑な認知システムのもとに行動する

が、私の基本的な思想です。それをもとに、

言語教師は、みな複雑な認知システムのもとに、信念を持ち、考え、知識を積み、学び、教え、振り返る

という前提を立てて、この研究をしています。

そこで、多言語をどう意識するかは、日本の英語教師の立ち位置をある程度決めている可能性があるでしょう。多文化もそうです。

「英語は小学校からしっかり教える」
「まず日本語を教え、思考力を身につけ、それから英語を教える」

どちらも多少の根拠があり、議論の背景により、出てくる結論は別になる可能性があります。私個人は、あまりその議論に参加したくはありません。選択は、学ぶ側にあると考えるからです。

多言語は自然です。おそらく日本もどんどんそうなっていくでしょう。当然、多文化状況となります。

ことばは重要です

それは日本語が重要だという意味ではなく、「ことば」あるいは「言語」です。

CEFRについて多少勉強していただきたいと思います。 また、私は次のような研究をしています。

LSP教員研修

興味のある人は参照してください。

次回は、それぞれの方のリサーチの準備を主とします。時間があれば、これまで考えたことを整理して、言語教師認知を考えましょう。