今回は、スピーカーは二人でしたので、余裕を持ってお二人の方が話題にしたことを、みなさんで深めることができました。来週からはそうはいきませんが、できるかぎりみなさんにとって学びの場になるようにしたいと思います。
言語教師認知の研究の目的には、自己の探求があります。みなさんが関心を持つ言語教育の話題と経験はすべてその目的にかないます。お二人の発表の感想をまとめておきます。
1 Yさんのカナダ留学経験ー「言語教育の方法にみる言語認識の差異についてー第2外国語教育」
Yさんの調査は、カナダと日本の外国語教育について比較し、言語の学び方や教え方についての違いを分析しようとしているようです。本日は、そのカナダでの経験をもとにカナダの外国語教育とESLの実際について語ってくれました。やはり実体験に根ざすものはたいへん興味深く、資料などは貴重だと思います。一般化することはむずかしいですが、一般化する必要のない認知を提供しています。
Yさんは、高校時代にカナダのSaskatchewan州に留学したときの経験をもとに、言語教育や言語学習について話してくれました。Yさんは、カナダと日本の言語教育を比較してみたいということです。おもしろい視点です。比較研究はきちんと行うと相当にむずかしい研究となり、エスノグラフィー的に両方の地域の様々な情報を集める必要があります。それは無理ですので、私は、Yさんを通して見た違いの特徴のいくつかを分析することで、おもしろい調査になると考えます。
カナダも大きな国ですから、Saskatchewan州のカソリックの学校のカリキュラムはたぶん一端に過ぎません。カナダ全体を述べることはできません。また、同様に日本もそうです。しかし、Yさんが今回の調査で行う視点は、まず、YさんのSaskatchewan州での学びの体験です。授業で話してくれたことはたいへん興味深かったですね。私はカナダのことはあまり知らないので、話を聞いて興味を持ちました。実際機会があれば行ってみたいと思います。なぜなら、カナダの教育は質がよいと聞いているからです。私が興味を持って調査しているフィンランドは、カナダとの関係が強いようです。共通の興味関心があるし、教育にある面で力を入れているからでしょう。
それに較べると、日本の教育システムは硬直していて、うまく機能していないように思います。しかし、それでも日本はいまだに高い教育水準を維持しています。日本にはある面では世界に誇れる教育伝統がありますが、言語教育についてはどうでしょうか?Yさんの話を聞きながらそんなことを考えました。
言語認識の差異は大きなテーマです。私は単にYさんが感じた言語認識の差異に興味を持ちます。Yさん自身の言語認識はカナダでの経験に根ざすのかそれとも元々備わっていたのかというような観点で分析してはどうかと思いました。それを日本で現在勉強している人の認識と較べてみてはどうでしょうか?
Yさんは、教員にはならないそうですが、教育についてとても真摯ですばらしい理念を持っているように思います。ぜひ教育についてかかわり、活躍してもらいたいと思いました。
2 Nさんの「英語学習における教師と生徒のモチベーションの差異について」
何が英語学習の動機となるのかという課題はたいへん重要です。現在の英語教育でも最もみなさんが関心を持っていることではないでしょうか。言語教師認知の研究も動機付け(motivation)との関連は重要だと考えています。特にNさんがテーマとした教師と生徒の相互作用は重要なテーマです。教師の思いと生徒の思いはたぶん相当に違っていると考えられるからです。教師の意図することが生徒にそのまま伝わると良い結果をもたらすと考えがちですが、実際の授業や学習ではどのようなことが起こっているかは意外に分かっていません。
教師としては、生徒の学習に対する動機付けがうまくできれば、教師としての仕事の大方は達成したと言えます。「なぜ英語を勉強するのか?」という疑問を持つ、あるいは、意欲がない場合、ほぼ学習を成立させる要件がないので、教師が授業をする場合はたいへんです。しかし、何が動機付けとなるのかはケースバイケースでしょう。動機付けの多くの研究がなされています。拙書『言語教師認知の研究』でもその点には触れています。学習が成立する要件は、学習者から見れば、目標、動機付け、自律学習、学習環境、教材、支援、教師など、複雑な要素があります。教師から見れば、授業の目標、カリキュラム、指導法、指導技術、指導知識、授業活動運営、評価などが必要な要素です。
教師の動機付けに対する考えと、生徒の動機付けに対する考え方は、それぞれの立場が違うためにぴったりと一致しないでしょうが、それを整理して分析することはおもしろいと思います。その際、かなり広範囲になるので、ある程度視点を絞る事が大切でしょう。
私個人としては、Nさんの発表の中で、Nさん自身の英語学習に対する履歴と動機付けはたいへん興味深かったです。高校までの英語学習に対する母親のサポートと、それに応えるNさんの関係性は、やはり母親に対する信頼関係がベースにあるのだろうと思いますが、Nさん自身に明確な目標がたぶん早いうちからあったのだと思います。実際はNさん自身にしか分かりません。様々な要因が複雑に作用して英語学習に対する動機付けがなされたのでしょう。そのヒストリーに興味があります。
小学生や中学生が英語学習を進める場合、教師の存在は大きいと思います。Nさんはこれから教育実習に行くそうですから、このテーマにそって教育実習を考えてみるのもよいと思います。忙しいかもしれませんが、教育実習は貴重な経験なのでぜひ有効に過ごしてください。
さて、本日は時間に余裕があり、たくさん議論ができました。次回からはそうはいきませんが、みなさんの発表を期待しています。どうか真摯に取り組んでください。
2013年6月17日月曜日
2013年6月12日水曜日
2013年6月1日土曜日
テーマは多言語を考えるでしたが。。
多言語を考えるということがテーマでしたが、それぞれのリサーチの構想を発表してもらって終わってしまいました。
言語教師認知の研究は、言語にかかわる人、特に教師が何をどう考え、どう行動し、どう振り返っているか、を探求することを目的にしています。その探求が、教師であれば、自身の教え方や学び方の改善につながり、教師でなくても、自分が活動しているコミュニティ(法律やビジネスや科学技術など)での言語の役割を考え、その意味から、言語教育全体のあり方への提言ができるだろう、ということに貢献すると考えます。
それぞれの人の視点が多様で、発表やレポートが楽しみです。授業のときにも言いましたが、失敗してもかまわないので、チャレンジしてください。また、大胆な仮説や提言は大歓迎です。
教育実習を経験する人は、まさにフィールドワークの現場にいて、教師の仕事を観察する絶好の機会です。つまり、エスノグラフィーです。
また、教育とはまったく関係のない人も、どの分野でも言語は重要ですから、その視点から様々に調査は可能です。
調査の基本は、自分自身のデータを集めること です。それから、それに関連する文献 を確認し、どのようなことを背景に データを見て、分析すること です。
具体的には、
アンケート
観察
インタビュー
日誌
など。
とりあえず、あまりむずかしく考えないで、取り組んでください。
多言語のことは、時間がなくなって話すことはできませんでしたが、多くの国や地域は多言語多文化です。
人はみな違った複雑な認知システムのもとに行動する
が、私の基本的な思想です。それをもとに、
言語教師は、みな複雑な認知システムのもとに、信念を持ち、考え、知識を積み、学び、教え、振り返る
という前提を立てて、この研究をしています。
そこで、多言語をどう意識するかは、日本の英語教師の立ち位置をある程度決めている可能性があるでしょう。多文化もそうです。
「英語は小学校からしっかり教える」
「まず日本語を教え、思考力を身につけ、それから英語を教える」
どちらも多少の根拠があり、議論の背景により、出てくる結論は別になる可能性があります。私個人は、あまりその議論に参加したくはありません。選択は、学ぶ側にあると考えるからです。
多言語は自然です。おそらく日本もどんどんそうなっていくでしょう。当然、多文化状況となります。
ことばは重要です
それは日本語が重要だという意味ではなく、「ことば」あるいは「言語」です。
CEFRについて多少勉強していただきたいと思います。 また、私は次のような研究をしています。
LSP教員研修
興味のある人は参照してください。
次回は、それぞれの方のリサーチの準備を主とします。時間があれば、これまで考えたことを整理して、言語教師認知を考えましょう。
言語教師認知の研究は、言語にかかわる人、特に教師が何をどう考え、どう行動し、どう振り返っているか、を探求することを目的にしています。その探求が、教師であれば、自身の教え方や学び方の改善につながり、教師でなくても、自分が活動しているコミュニティ(法律やビジネスや科学技術など)での言語の役割を考え、その意味から、言語教育全体のあり方への提言ができるだろう、ということに貢献すると考えます。
それぞれの人の視点が多様で、発表やレポートが楽しみです。授業のときにも言いましたが、失敗してもかまわないので、チャレンジしてください。また、大胆な仮説や提言は大歓迎です。
教育実習を経験する人は、まさにフィールドワークの現場にいて、教師の仕事を観察する絶好の機会です。つまり、エスノグラフィーです。
また、教育とはまったく関係のない人も、どの分野でも言語は重要ですから、その視点から様々に調査は可能です。
調査の基本は、自分自身のデータを集めること です。それから、それに関連する文献 を確認し、どのようなことを背景に データを見て、分析すること です。
具体的には、
アンケート
観察
インタビュー
日誌
など。
とりあえず、あまりむずかしく考えないで、取り組んでください。
多言語のことは、時間がなくなって話すことはできませんでしたが、多くの国や地域は多言語多文化です。
人はみな違った複雑な認知システムのもとに行動する
が、私の基本的な思想です。それをもとに、
言語教師は、みな複雑な認知システムのもとに、信念を持ち、考え、知識を積み、学び、教え、振り返る
という前提を立てて、この研究をしています。
そこで、多言語をどう意識するかは、日本の英語教師の立ち位置をある程度決めている可能性があるでしょう。多文化もそうです。
「英語は小学校からしっかり教える」
「まず日本語を教え、思考力を身につけ、それから英語を教える」
どちらも多少の根拠があり、議論の背景により、出てくる結論は別になる可能性があります。私個人は、あまりその議論に参加したくはありません。選択は、学ぶ側にあると考えるからです。
多言語は自然です。おそらく日本もどんどんそうなっていくでしょう。当然、多文化状況となります。
ことばは重要です
それは日本語が重要だという意味ではなく、「ことば」あるいは「言語」です。
CEFRについて多少勉強していただきたいと思います。 また、私は次のような研究をしています。
LSP教員研修
興味のある人は参照してください。
次回は、それぞれの方のリサーチの準備を主とします。時間があれば、これまで考えたことを整理して、言語教師認知を考えましょう。
2013年5月24日金曜日
国語、日本語、英語はすべて言語
暑くなりました。教育実習に行っている人もたいへんでしょう。また、授業がたくさんある人もたいへんでしょう。
それでも、たくさんのことを考え、学び、課題を処理しなければいけません。みなさんの意欲に期待しましょう。
さて、今週は、次のことを考えました。
日本の国語教育の目標は何でしょうか?
小学校学習指導要領1
小学校学習指導要領2
中学校学習指導要領1
中学校学習指導要領2
外国語としての日本語教育の目標は何でしょうか?
JF日本語教育スタンダード
英語教育の目標は何でしょうか?
それでも、たくさんのことを考え、学び、課題を処理しなければいけません。みなさんの意欲に期待しましょう。
さて、今週は、次のことを考えました。
日本の国語教育の目標は何でしょうか?
小学校学習指導要領1
小学校学習指導要領2
中学校学習指導要領1
中学校学習指導要領2
外国語としての日本語教育の目標は何でしょうか?
JF日本語教育スタンダード
英語教育の目標は何でしょうか?
小学校学習指導要領1
小学校学習指導要領2
中学校学習指導要領1
中学校学習指導要領2
学習指導要領は、学校あるいは教師を対象とした内容です。学習者を対象としていません。何を言っているのかピンとこない人もいるでしょうが、ここには、
「教える」
という考え方が底流にあります。学習指導要領自体がそれを目的にしているわけですからそれ自体が悪い訳ではありません。しかし、学習者の国語や英語を学ぶ目的や目標は一体何なのでしょうか?個人で考えることでしょうか?それとも入試でしょうか?
日本語教育は当然個人を対象にしていますから、JF日本語教育スタンダードは個人の到達度目標を具体的に示しています。それを教師は利用するという考え方です。
高校教育の実態を踏まえて文部科学省は次のような指導事例を紹介しています。
言語活動の充実
授業改善のイメージ
個人的には、よい考え方だと思います。熱心な教師はこのような活動をしているのではないでしょうか?できないとしたら別の理由です。受験システム、クラスサイズ、教師の複合的な仕事内容、施設設備などなど。高校の授業はただ授業を聞いて、ノートを取って、暗記して、試験を受ける、というようなイメージがあるのでしょうか?
それはさておき、国際バカロレア=IB(International Baccalaureate)という言葉を耳にすることが多くなりました。日本の学校も認定を受ける学校が増えています。次の使命に基づいた教育を行う学校です。
The International Baccalaureate aims to develop inquiring, knowledgeable and caring young people who help to create a better and more peaceful world through intercultural understanding and respect.
To this end the organization works with schools, governments and international organizations to develop challenging programmes of international education and rigorous assessment.
These programmes encourage students across the world to become active, compassionate and lifelong learners who understand that other people, with their differences, can also be right.
詳しくは、
The International Baccalaureate® (IB)
言語の面からすると、実態としては、英語が主要な言語となっていますが、一応多言語を基本としています。
このような教育は、個人的には好きです。が、IBに無理にこだわる必要もないと考えます。
「学び」が中心となる教育
これを目標にすると、言語教育は、国語、英語と分けて考えるよりも、言語という括りで把握することがまず基本ではないでしょうか?
そのようなことを話題として議論したかったのですが、。。。。
次回は、ヨーロッパ言語を中心に多言語を考えましょう。
時間があれば、
The CEFR (Common European Framework of Reference for Languages)
について予習しておいてください。
小学校学習指導要領2
中学校学習指導要領1
中学校学習指導要領2
学習指導要領は、学校あるいは教師を対象とした内容です。学習者を対象としていません。何を言っているのかピンとこない人もいるでしょうが、ここには、
「教える」
という考え方が底流にあります。学習指導要領自体がそれを目的にしているわけですからそれ自体が悪い訳ではありません。しかし、学習者の国語や英語を学ぶ目的や目標は一体何なのでしょうか?個人で考えることでしょうか?それとも入試でしょうか?
日本語教育は当然個人を対象にしていますから、JF日本語教育スタンダードは個人の到達度目標を具体的に示しています。それを教師は利用するという考え方です。
高校教育の実態を踏まえて文部科学省は次のような指導事例を紹介しています。
言語活動の充実
授業改善のイメージ
個人的には、よい考え方だと思います。熱心な教師はこのような活動をしているのではないでしょうか?できないとしたら別の理由です。受験システム、クラスサイズ、教師の複合的な仕事内容、施設設備などなど。高校の授業はただ授業を聞いて、ノートを取って、暗記して、試験を受ける、というようなイメージがあるのでしょうか?
それはさておき、国際バカロレア=IB(International Baccalaureate)という言葉を耳にすることが多くなりました。日本の学校も認定を受ける学校が増えています。次の使命に基づいた教育を行う学校です。
The International Baccalaureate aims to develop inquiring, knowledgeable and caring young people who help to create a better and more peaceful world through intercultural understanding and respect.
To this end the organization works with schools, governments and international organizations to develop challenging programmes of international education and rigorous assessment.
These programmes encourage students across the world to become active, compassionate and lifelong learners who understand that other people, with their differences, can also be right.
詳しくは、
The International Baccalaureate® (IB)
言語の面からすると、実態としては、英語が主要な言語となっていますが、一応多言語を基本としています。
このような教育は、個人的には好きです。が、IBに無理にこだわる必要もないと考えます。
「学び」が中心となる教育
これを目標にすると、言語教育は、国語、英語と分けて考えるよりも、言語という括りで把握することがまず基本ではないでしょうか?
そのようなことを話題として議論したかったのですが、。。。。
次回は、ヨーロッパ言語を中心に多言語を考えましょう。
時間があれば、
The CEFR (Common European Framework of Reference for Languages)
について予習しておいてください。
2013年5月19日日曜日
外国語(英語)はどう学ばれているか
さて、言語教師認知の概略をこれまでざっと見てきました。
外国語(英語)指導法はこれまでたくさん提示されてきました。さらっと指導法や指導技術をおさらいしました。それぞれの指導は、ある面では効果的ですが、絶対的なものはないようです。
歴史的には、
文法訳読法(grammar translation method)
直接指導法(direct method)
が主流です。
そこに、音声を重視した行動主義に根ざした指導法や認知学習に根ざした指導法や心理学に根ざした指導法など、科学的なアプローチが台頭して様々な言語指導が展開されてきました。現在は、コミュニケーションを重視した指導法(communicative language teaching)が一般的ですが、実践は様々です。言語学が発展し、言語教育や言語学習も、英語を中心として、さかんに研究され実践されるようになりました。
母語の習得や学習、第2言語の習得や学習など多くの研究により、また、言語教育環境も大きく発展してきました。進歩したと言えば進歩したと言えるでしょう。しかし、個人的な言語教育経験と較べた場合はどうでしょうか?
言語指導法の理論と実践
個人の言語学習体験
個人の言語教育体験
などを総合してみると、「言語教師認知」が目指すことが見えてきます。つまり、言語教師認知は、
言語教師は、言語を学び教える上で、何を考え、どのような知識があり、何を信じ、何をどのように教えているのか
を探求するということです。
なぜ、それが必要かというと、いままでの言語教育では、それが見逃されてきたからです。多くの人が気づいていながら、どうしてよいか分からない、複雑な要素としての教師はあまり研究されて来なかったのです。言語教師認知の研究はそこに焦点を当てています。
この言語教師認知のメカニズムがもう少しうまく整理されれば、
教員養成も研修も変わるでしょう。また、言語指導や言語学習も変わります。
さて、6月からはみなさんの探求です。楽しみにしています。
その前にまだ少し考える時間がありますので、次回の授業は、
7.ことばの教え方を調べる(1)国語と英語はどう違うか?
について考えましょう。
みなさんに宿題です。次の3つについて考えておいてください。
日本の国語教育の目標は何でしょうか?
小学校学習指導要領1
小学校学習指導要領2
中学校学習指導要領1
中学校学習指導要領2
外国語としての日本語教育の目標は何でしょうか?
JF日本語教育スタンダード
英語教育の目標は何でしょうか?
2013年5月11日土曜日
ことば(主に英語)はどう教えられているか?2
授業では、多くの質問が出て、まとまりに欠けてしまいました。が、「英語を教える」ということを考えると、それだけ複雑であり、そう簡単に整理できないということです。
みなさんの個人的な体験としての「教える」という意味はひとり一人違います。「学ぶ」もそうです。
「英語を教える」ということは、
語彙、文法、発音などの言語知識
読む、聞く、話す、書くなどのいわゆる言語技能
実際の運用に関わる社会文化の知識とコミュニケーション能力
その他の背景的知識
などを、学習者が「学ぶ」ために、何をどのように工夫して提示するかということです。
「教える」ことを科学的に探求するということは、自然科学の枠組みでは限りがあります。また、心理学でも限りがあります。社会学、教育学、哲学などの枠組みでも、うまく整理できません。結局、「教える」ということは、
教える実践を通して理解する
ということに集約される傾向にあります。
ということは、どう教えられているのかを知らなければ、どう教えるかも分かりません。その際に大切なことは、自分の「教える」体験や観点が大きく自分の教え方に影響を与えているということを認識する必要があります。
先週と今週の2回、私はそのことを、みなさんに考えてほしかったのですが、伝わったかどうかは分かりません。とりあえず何か「腑に落ちる」ことがあれば、互いに共有しましょう。
授業で、社会認知(social cognition)の考えのことを話ました。整理すると、
・人は意図的に環境に影響を与える
・人は認識を返す
・社会的認知は自己とかかわる
・社会的刺激は認知の対象となることで変化する
・人の特性はそれ自体を考えるのになくてはならない観察不可能な属性である
・人は、モノが通常変化するよりも時間や環境とともに変わりやすい
・人についての認知の正確さはモノについての正確さよりも確認するのがむずかしい
・人は不可避的に複雑である。
・社会的認知は自律的に社会的説明とかかわる
ということでした。この考え方を基盤とすると、「教える」ことを考えるときには、一人で考えるよりは、社会的な関係の中で考えるほうがよいと、私は思います。
Lee Shulman (1987)というアメリカの教育学者は、教師が身につける知識について次のようにまとめています。
内容に関する知識(content knowledge)
総合的な教えることに関する知識(general pedagogical knowledge)
教材なども含めたカリキュラムに関する知識(curriculum knowledge)
内容を教えることに関する知識(pedagogical content knowledge)
学習者に関する知識(knowledge of learners)
教育状況に関する知識(knowledge of educational contexts)
教育目的に関する知識(knowledge of educational ends)
指導案はあくまでも案です。実際に何をどう教えるかということが大切です。そのためには、上記の知識について留意して、案を作成し、授業を実践することが大切となります。
案をどのように授業に反映させるかが、言語教師認知のポイントです。教師が何をどう捉えて、何をどう考え、何をどう実践するか、案をかたちにするのは教師の考え次第です。
次回はその「教える」ことの知識を歴史的な経緯から考え、英語はどう学ばれてきたのかを考えましょう。次のウェブサイトを参考に「ことばを教える、学ぶ」ことについてみなさんはどのくらいの知識がありますか?
Glossary for ESL/EFL Teaching
補足:前回見ることができなかったボスニア・ヘルツェゴビナの授業のビデオですが、原因は分かりません。直接のリンクサイトを提示しておきます。
Research Lesson 1
Research Lesson 2
Collaborative Lesson Study Network
みなさんの個人的な体験としての「教える」という意味はひとり一人違います。「学ぶ」もそうです。
「英語を教える」ということは、
語彙、文法、発音などの言語知識
読む、聞く、話す、書くなどのいわゆる言語技能
実際の運用に関わる社会文化の知識とコミュニケーション能力
その他の背景的知識
などを、学習者が「学ぶ」ために、何をどのように工夫して提示するかということです。
「教える」ことを科学的に探求するということは、自然科学の枠組みでは限りがあります。また、心理学でも限りがあります。社会学、教育学、哲学などの枠組みでも、うまく整理できません。結局、「教える」ということは、
教える実践を通して理解する
ということに集約される傾向にあります。
ということは、どう教えられているのかを知らなければ、どう教えるかも分かりません。その際に大切なことは、自分の「教える」体験や観点が大きく自分の教え方に影響を与えているということを認識する必要があります。
先週と今週の2回、私はそのことを、みなさんに考えてほしかったのですが、伝わったかどうかは分かりません。とりあえず何か「腑に落ちる」ことがあれば、互いに共有しましょう。
授業で、社会認知(social cognition)の考えのことを話ました。整理すると、
・人は意図的に環境に影響を与える
・人は認識を返す
・社会的認知は自己とかかわる
・社会的刺激は認知の対象となることで変化する
・人の特性はそれ自体を考えるのになくてはならない観察不可能な属性である
・人は、モノが通常変化するよりも時間や環境とともに変わりやすい
・人についての認知の正確さはモノについての正確さよりも確認するのがむずかしい
・人は不可避的に複雑である。
・社会的認知は自律的に社会的説明とかかわる
ということでした。この考え方を基盤とすると、「教える」ことを考えるときには、一人で考えるよりは、社会的な関係の中で考えるほうがよいと、私は思います。
Lee Shulman (1987)というアメリカの教育学者は、教師が身につける知識について次のようにまとめています。
内容に関する知識(content knowledge)
総合的な教えることに関する知識(general pedagogical knowledge)
教材なども含めたカリキュラムに関する知識(curriculum knowledge)
内容を教えることに関する知識(pedagogical content knowledge)
学習者に関する知識(knowledge of learners)
教育状況に関する知識(knowledge of educational contexts)
教育目的に関する知識(knowledge of educational ends)
指導案はあくまでも案です。実際に何をどう教えるかということが大切です。そのためには、上記の知識について留意して、案を作成し、授業を実践することが大切となります。
案をどのように授業に反映させるかが、言語教師認知のポイントです。教師が何をどう捉えて、何をどう考え、何をどう実践するか、案をかたちにするのは教師の考え次第です。
次回はその「教える」ことの知識を歴史的な経緯から考え、英語はどう学ばれてきたのかを考えましょう。次のウェブサイトを参考に「ことばを教える、学ぶ」ことについてみなさんはどのくらいの知識がありますか?
Glossary for ESL/EFL Teaching
補足:前回見ることができなかったボスニア・ヘルツェゴビナの授業のビデオですが、原因は分かりません。直接のリンクサイトを提示しておきます。
Research Lesson 1
Research Lesson 2
Collaborative Lesson Study Network
2013年5月5日日曜日
ことば(主に英語)はどう教えられているか?1
ことば(主に英語)はどう教えられているか?
様々な話題が出ました。「英語(ことば)はどう教えられているか」という問いに対する答えは、
1 自分の体験
2 本に書いてある知識
3 だれかからの知識か経験
などから導き出されるでしょう。しかし、実態はよく分かっていないのが現状です。
CLT (Communicative Language Teaching)は、1980年代から盛んになり、おそらくほとんどの外国語学習では基本となっている指導法の考え方です。ところが、CLTというのは考え方であり、具体的にこのように教えるということははっきりしません。たとえば、日本の学習指導要領は、コミュニケーション重視です。いわばCLTの考えが基盤にありますが、文法シラバスが根底にあり、機能(function)や意味(notion) をうまく提示できていません。実際、教科書は文法シラバスです。また、語彙制限もかけています。語彙に制限をかけるとどうしても本物のコミュニケーション(authenticity)はないがしろにされます。
多くの小学校の外国語活動や、中学校や高校の英語授業では、教科書(小学校では英語ノート)があり、それに忠実に教えています。1学期は、教科書のレッスンをここまで教え、テスト範囲を定め、テストをして、成績を出す、という展開が日々行われています。高校進学や大学進学という目標があれば、それを目的にして授業展開もなされます。そういう目的がはっきりない場合は、果たして何のために英語を勉強するのか?
授業中の話し合いの中で、たくさんの話題が出ました。私はその話題のどれがよくて、どれば悪いか、という判断はできません。ただ、おもしろいなと思って聞いていました。いろいろな観点があるということです。あっと言う間に時間が過ぎて、発表できなかったグループがあり申し訳有りませんでしたが、文法、読解、ネティブスピーカー、オーラルコミュニケーションなどなど、どれをとっても探求できる話題です。
たとえば、教師がネイティブスピーカーについてどのようなTeacher Cognitionを抱いているのか?「英語だけで授業をされても何を言っているのか分からない」「発音や表現はネイティブスピーカーにが教える」などなど。
また、話を聞いていて、日本で英語を教えられた人には、共通の英語授業に対する思い込みがあるように思いました。たとえば、「文法は日本語でしっかりと他の活動とは別に教えられるべきだ」など。
英語はどう教えられているか
という問いは、あまり考えることはないかもしれませんが、考えることは大切です。
英語の教師になって、あるいは、実際にことばを教えている人は、「どう教えているのか」あるいは「何を教えているのか」について、人と話し合うことで気づくことがあります。それが重要だと思います。
アクション・リサーチ(action research)では、問題解決型の展開で、根本的なことを見失う可能性があります。リフレクション(reflection)は重要だと言われ、授業をした後に反省をすることが推奨されます。しかし、それも短絡的な解決を求めがちです。
「教える」ことは、もっと深く考えることから始めましょう。
次回は、この続きを考えましょう。
英語ネットにある指導案と実際の授業について焦点をあてましょう。
指導案(lesson plan)はどうあるべきか?
指導案に見られる問題点や改善点は何か?
指導案と実際の授業はどう違うか?
などについて考えましょう。
CLT (Communicative Language Teaching)は、1980年代から盛んになり、おそらくほとんどの外国語学習では基本となっている指導法の考え方です。ところが、CLTというのは考え方であり、具体的にこのように教えるということははっきりしません。たとえば、日本の学習指導要領は、コミュニケーション重視です。いわばCLTの考えが基盤にありますが、文法シラバスが根底にあり、機能(function)や意味(notion) をうまく提示できていません。実際、教科書は文法シラバスです。また、語彙制限もかけています。語彙に制限をかけるとどうしても本物のコミュニケーション(authenticity)はないがしろにされます。
多くの小学校の外国語活動や、中学校や高校の英語授業では、教科書(小学校では英語ノート)があり、それに忠実に教えています。1学期は、教科書のレッスンをここまで教え、テスト範囲を定め、テストをして、成績を出す、という展開が日々行われています。高校進学や大学進学という目標があれば、それを目的にして授業展開もなされます。そういう目的がはっきりない場合は、果たして何のために英語を勉強するのか?
授業中の話し合いの中で、たくさんの話題が出ました。私はその話題のどれがよくて、どれば悪いか、という判断はできません。ただ、おもしろいなと思って聞いていました。いろいろな観点があるということです。あっと言う間に時間が過ぎて、発表できなかったグループがあり申し訳有りませんでしたが、文法、読解、ネティブスピーカー、オーラルコミュニケーションなどなど、どれをとっても探求できる話題です。
たとえば、教師がネイティブスピーカーについてどのようなTeacher Cognitionを抱いているのか?「英語だけで授業をされても何を言っているのか分からない」「発音や表現はネイティブスピーカーにが教える」などなど。
また、話を聞いていて、日本で英語を教えられた人には、共通の英語授業に対する思い込みがあるように思いました。たとえば、「文法は日本語でしっかりと他の活動とは別に教えられるべきだ」など。
英語はどう教えられているか
という問いは、あまり考えることはないかもしれませんが、考えることは大切です。
英語の教師になって、あるいは、実際にことばを教えている人は、「どう教えているのか」あるいは「何を教えているのか」について、人と話し合うことで気づくことがあります。それが重要だと思います。
アクション・リサーチ(action research)では、問題解決型の展開で、根本的なことを見失う可能性があります。リフレクション(reflection)は重要だと言われ、授業をした後に反省をすることが推奨されます。しかし、それも短絡的な解決を求めがちです。
「教える」ことは、もっと深く考えることから始めましょう。
次回は、この続きを考えましょう。
英語ネットにある指導案と実際の授業について焦点をあてましょう。
指導案(lesson plan)はどうあるべきか?
指導案に見られる問題点や改善点は何か?
指導案と実際の授業はどう違うか?
などについて考えましょう。
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