2013年5月19日日曜日
外国語(英語)はどう学ばれているか
さて、言語教師認知の概略をこれまでざっと見てきました。
外国語(英語)指導法はこれまでたくさん提示されてきました。さらっと指導法や指導技術をおさらいしました。それぞれの指導は、ある面では効果的ですが、絶対的なものはないようです。
歴史的には、
文法訳読法(grammar translation method)
直接指導法(direct method)
が主流です。
そこに、音声を重視した行動主義に根ざした指導法や認知学習に根ざした指導法や心理学に根ざした指導法など、科学的なアプローチが台頭して様々な言語指導が展開されてきました。現在は、コミュニケーションを重視した指導法(communicative language teaching)が一般的ですが、実践は様々です。言語学が発展し、言語教育や言語学習も、英語を中心として、さかんに研究され実践されるようになりました。
母語の習得や学習、第2言語の習得や学習など多くの研究により、また、言語教育環境も大きく発展してきました。進歩したと言えば進歩したと言えるでしょう。しかし、個人的な言語教育経験と較べた場合はどうでしょうか?
言語指導法の理論と実践
個人の言語学習体験
個人の言語教育体験
などを総合してみると、「言語教師認知」が目指すことが見えてきます。つまり、言語教師認知は、
言語教師は、言語を学び教える上で、何を考え、どのような知識があり、何を信じ、何をどのように教えているのか
を探求するということです。
なぜ、それが必要かというと、いままでの言語教育では、それが見逃されてきたからです。多くの人が気づいていながら、どうしてよいか分からない、複雑な要素としての教師はあまり研究されて来なかったのです。言語教師認知の研究はそこに焦点を当てています。
この言語教師認知のメカニズムがもう少しうまく整理されれば、
教員養成も研修も変わるでしょう。また、言語指導や言語学習も変わります。
さて、6月からはみなさんの探求です。楽しみにしています。
その前にまだ少し考える時間がありますので、次回の授業は、
7.ことばの教え方を調べる(1)国語と英語はどう違うか?
について考えましょう。
みなさんに宿題です。次の3つについて考えておいてください。
日本の国語教育の目標は何でしょうか?
小学校学習指導要領1
小学校学習指導要領2
中学校学習指導要領1
中学校学習指導要領2
外国語としての日本語教育の目標は何でしょうか?
JF日本語教育スタンダード
英語教育の目標は何でしょうか?
2013年5月11日土曜日
ことば(主に英語)はどう教えられているか?2
授業では、多くの質問が出て、まとまりに欠けてしまいました。が、「英語を教える」ということを考えると、それだけ複雑であり、そう簡単に整理できないということです。
みなさんの個人的な体験としての「教える」という意味はひとり一人違います。「学ぶ」もそうです。
「英語を教える」ということは、
語彙、文法、発音などの言語知識
読む、聞く、話す、書くなどのいわゆる言語技能
実際の運用に関わる社会文化の知識とコミュニケーション能力
その他の背景的知識
などを、学習者が「学ぶ」ために、何をどのように工夫して提示するかということです。
「教える」ことを科学的に探求するということは、自然科学の枠組みでは限りがあります。また、心理学でも限りがあります。社会学、教育学、哲学などの枠組みでも、うまく整理できません。結局、「教える」ということは、
教える実践を通して理解する
ということに集約される傾向にあります。
ということは、どう教えられているのかを知らなければ、どう教えるかも分かりません。その際に大切なことは、自分の「教える」体験や観点が大きく自分の教え方に影響を与えているということを認識する必要があります。
先週と今週の2回、私はそのことを、みなさんに考えてほしかったのですが、伝わったかどうかは分かりません。とりあえず何か「腑に落ちる」ことがあれば、互いに共有しましょう。
授業で、社会認知(social cognition)の考えのことを話ました。整理すると、
・人は意図的に環境に影響を与える
・人は認識を返す
・社会的認知は自己とかかわる
・社会的刺激は認知の対象となることで変化する
・人の特性はそれ自体を考えるのになくてはならない観察不可能な属性である
・人は、モノが通常変化するよりも時間や環境とともに変わりやすい
・人についての認知の正確さはモノについての正確さよりも確認するのがむずかしい
・人は不可避的に複雑である。
・社会的認知は自律的に社会的説明とかかわる
ということでした。この考え方を基盤とすると、「教える」ことを考えるときには、一人で考えるよりは、社会的な関係の中で考えるほうがよいと、私は思います。
Lee Shulman (1987)というアメリカの教育学者は、教師が身につける知識について次のようにまとめています。
内容に関する知識(content knowledge)
総合的な教えることに関する知識(general pedagogical knowledge)
教材なども含めたカリキュラムに関する知識(curriculum knowledge)
内容を教えることに関する知識(pedagogical content knowledge)
学習者に関する知識(knowledge of learners)
教育状況に関する知識(knowledge of educational contexts)
教育目的に関する知識(knowledge of educational ends)
指導案はあくまでも案です。実際に何をどう教えるかということが大切です。そのためには、上記の知識について留意して、案を作成し、授業を実践することが大切となります。
案をどのように授業に反映させるかが、言語教師認知のポイントです。教師が何をどう捉えて、何をどう考え、何をどう実践するか、案をかたちにするのは教師の考え次第です。
次回はその「教える」ことの知識を歴史的な経緯から考え、英語はどう学ばれてきたのかを考えましょう。次のウェブサイトを参考に「ことばを教える、学ぶ」ことについてみなさんはどのくらいの知識がありますか?
Glossary for ESL/EFL Teaching
補足:前回見ることができなかったボスニア・ヘルツェゴビナの授業のビデオですが、原因は分かりません。直接のリンクサイトを提示しておきます。
Research Lesson 1
Research Lesson 2
Collaborative Lesson Study Network
みなさんの個人的な体験としての「教える」という意味はひとり一人違います。「学ぶ」もそうです。
「英語を教える」ということは、
語彙、文法、発音などの言語知識
読む、聞く、話す、書くなどのいわゆる言語技能
実際の運用に関わる社会文化の知識とコミュニケーション能力
その他の背景的知識
などを、学習者が「学ぶ」ために、何をどのように工夫して提示するかということです。
「教える」ことを科学的に探求するということは、自然科学の枠組みでは限りがあります。また、心理学でも限りがあります。社会学、教育学、哲学などの枠組みでも、うまく整理できません。結局、「教える」ということは、
教える実践を通して理解する
ということに集約される傾向にあります。
ということは、どう教えられているのかを知らなければ、どう教えるかも分かりません。その際に大切なことは、自分の「教える」体験や観点が大きく自分の教え方に影響を与えているということを認識する必要があります。
先週と今週の2回、私はそのことを、みなさんに考えてほしかったのですが、伝わったかどうかは分かりません。とりあえず何か「腑に落ちる」ことがあれば、互いに共有しましょう。
授業で、社会認知(social cognition)の考えのことを話ました。整理すると、
・人は意図的に環境に影響を与える
・人は認識を返す
・社会的認知は自己とかかわる
・社会的刺激は認知の対象となることで変化する
・人の特性はそれ自体を考えるのになくてはならない観察不可能な属性である
・人は、モノが通常変化するよりも時間や環境とともに変わりやすい
・人についての認知の正確さはモノについての正確さよりも確認するのがむずかしい
・人は不可避的に複雑である。
・社会的認知は自律的に社会的説明とかかわる
ということでした。この考え方を基盤とすると、「教える」ことを考えるときには、一人で考えるよりは、社会的な関係の中で考えるほうがよいと、私は思います。
Lee Shulman (1987)というアメリカの教育学者は、教師が身につける知識について次のようにまとめています。
内容に関する知識(content knowledge)
総合的な教えることに関する知識(general pedagogical knowledge)
教材なども含めたカリキュラムに関する知識(curriculum knowledge)
内容を教えることに関する知識(pedagogical content knowledge)
学習者に関する知識(knowledge of learners)
教育状況に関する知識(knowledge of educational contexts)
教育目的に関する知識(knowledge of educational ends)
指導案はあくまでも案です。実際に何をどう教えるかということが大切です。そのためには、上記の知識について留意して、案を作成し、授業を実践することが大切となります。
案をどのように授業に反映させるかが、言語教師認知のポイントです。教師が何をどう捉えて、何をどう考え、何をどう実践するか、案をかたちにするのは教師の考え次第です。
次回はその「教える」ことの知識を歴史的な経緯から考え、英語はどう学ばれてきたのかを考えましょう。次のウェブサイトを参考に「ことばを教える、学ぶ」ことについてみなさんはどのくらいの知識がありますか?
Glossary for ESL/EFL Teaching
補足:前回見ることができなかったボスニア・ヘルツェゴビナの授業のビデオですが、原因は分かりません。直接のリンクサイトを提示しておきます。
Research Lesson 1
Research Lesson 2
Collaborative Lesson Study Network
2013年5月5日日曜日
ことば(主に英語)はどう教えられているか?1
ことば(主に英語)はどう教えられているか?
様々な話題が出ました。「英語(ことば)はどう教えられているか」という問いに対する答えは、
1 自分の体験
2 本に書いてある知識
3 だれかからの知識か経験
などから導き出されるでしょう。しかし、実態はよく分かっていないのが現状です。
CLT (Communicative Language Teaching)は、1980年代から盛んになり、おそらくほとんどの外国語学習では基本となっている指導法の考え方です。ところが、CLTというのは考え方であり、具体的にこのように教えるということははっきりしません。たとえば、日本の学習指導要領は、コミュニケーション重視です。いわばCLTの考えが基盤にありますが、文法シラバスが根底にあり、機能(function)や意味(notion) をうまく提示できていません。実際、教科書は文法シラバスです。また、語彙制限もかけています。語彙に制限をかけるとどうしても本物のコミュニケーション(authenticity)はないがしろにされます。
多くの小学校の外国語活動や、中学校や高校の英語授業では、教科書(小学校では英語ノート)があり、それに忠実に教えています。1学期は、教科書のレッスンをここまで教え、テスト範囲を定め、テストをして、成績を出す、という展開が日々行われています。高校進学や大学進学という目標があれば、それを目的にして授業展開もなされます。そういう目的がはっきりない場合は、果たして何のために英語を勉強するのか?
授業中の話し合いの中で、たくさんの話題が出ました。私はその話題のどれがよくて、どれば悪いか、という判断はできません。ただ、おもしろいなと思って聞いていました。いろいろな観点があるということです。あっと言う間に時間が過ぎて、発表できなかったグループがあり申し訳有りませんでしたが、文法、読解、ネティブスピーカー、オーラルコミュニケーションなどなど、どれをとっても探求できる話題です。
たとえば、教師がネイティブスピーカーについてどのようなTeacher Cognitionを抱いているのか?「英語だけで授業をされても何を言っているのか分からない」「発音や表現はネイティブスピーカーにが教える」などなど。
また、話を聞いていて、日本で英語を教えられた人には、共通の英語授業に対する思い込みがあるように思いました。たとえば、「文法は日本語でしっかりと他の活動とは別に教えられるべきだ」など。
英語はどう教えられているか
という問いは、あまり考えることはないかもしれませんが、考えることは大切です。
英語の教師になって、あるいは、実際にことばを教えている人は、「どう教えているのか」あるいは「何を教えているのか」について、人と話し合うことで気づくことがあります。それが重要だと思います。
アクション・リサーチ(action research)では、問題解決型の展開で、根本的なことを見失う可能性があります。リフレクション(reflection)は重要だと言われ、授業をした後に反省をすることが推奨されます。しかし、それも短絡的な解決を求めがちです。
「教える」ことは、もっと深く考えることから始めましょう。
次回は、この続きを考えましょう。
英語ネットにある指導案と実際の授業について焦点をあてましょう。
指導案(lesson plan)はどうあるべきか?
指導案に見られる問題点や改善点は何か?
指導案と実際の授業はどう違うか?
などについて考えましょう。
CLT (Communicative Language Teaching)は、1980年代から盛んになり、おそらくほとんどの外国語学習では基本となっている指導法の考え方です。ところが、CLTというのは考え方であり、具体的にこのように教えるということははっきりしません。たとえば、日本の学習指導要領は、コミュニケーション重視です。いわばCLTの考えが基盤にありますが、文法シラバスが根底にあり、機能(function)や意味(notion) をうまく提示できていません。実際、教科書は文法シラバスです。また、語彙制限もかけています。語彙に制限をかけるとどうしても本物のコミュニケーション(authenticity)はないがしろにされます。
多くの小学校の外国語活動や、中学校や高校の英語授業では、教科書(小学校では英語ノート)があり、それに忠実に教えています。1学期は、教科書のレッスンをここまで教え、テスト範囲を定め、テストをして、成績を出す、という展開が日々行われています。高校進学や大学進学という目標があれば、それを目的にして授業展開もなされます。そういう目的がはっきりない場合は、果たして何のために英語を勉強するのか?
授業中の話し合いの中で、たくさんの話題が出ました。私はその話題のどれがよくて、どれば悪いか、という判断はできません。ただ、おもしろいなと思って聞いていました。いろいろな観点があるということです。あっと言う間に時間が過ぎて、発表できなかったグループがあり申し訳有りませんでしたが、文法、読解、ネティブスピーカー、オーラルコミュニケーションなどなど、どれをとっても探求できる話題です。
たとえば、教師がネイティブスピーカーについてどのようなTeacher Cognitionを抱いているのか?「英語だけで授業をされても何を言っているのか分からない」「発音や表現はネイティブスピーカーにが教える」などなど。
また、話を聞いていて、日本で英語を教えられた人には、共通の英語授業に対する思い込みがあるように思いました。たとえば、「文法は日本語でしっかりと他の活動とは別に教えられるべきだ」など。
英語はどう教えられているか
という問いは、あまり考えることはないかもしれませんが、考えることは大切です。
英語の教師になって、あるいは、実際にことばを教えている人は、「どう教えているのか」あるいは「何を教えているのか」について、人と話し合うことで気づくことがあります。それが重要だと思います。
アクション・リサーチ(action research)では、問題解決型の展開で、根本的なことを見失う可能性があります。リフレクション(reflection)は重要だと言われ、授業をした後に反省をすることが推奨されます。しかし、それも短絡的な解決を求めがちです。
「教える」ことは、もっと深く考えることから始めましょう。
次回は、この続きを考えましょう。
英語ネットにある指導案と実際の授業について焦点をあてましょう。
指導案(lesson plan)はどうあるべきか?
指導案に見られる問題点や改善点は何か?
指導案と実際の授業はどう違うか?
などについて考えましょう。
2013年4月26日金曜日
自分はことばをどう学んだか
言語教師認知とは?(本ブログのはじめの再掲)
まず、次の図を見てください。Simon Borg (2006)をもとに、日本の英語教師の認知の構造を表したものです。
言語教師認知の研究
ここで考える言語教師認知の研究のポイントは、
言語教師の課題解決につながる教師の認知プロセスの探求
英語教育研究の伝統と歴史の中の言語教師認知
教員研修の重要なカギとなる言語教師認知
近年、言語教師認知と授業実践との関連性の研究が徐々に注目され、この十数年間徐々に教師の心的プロセスへの注目度が高まり、その関心が浸透するようになってきました。言語教師として必要な力量は何か、言語教師として指導に携わるための知識と技能は何か、それを基盤とした教授力や学習指導力はどのように養成し、育成していくのか、また、その言語教師としての力量と学校教育における教育活動全般にかかわる力量との関連などが取りざたされてきました。しかし、それだけでは言語教師の今日的課題は解決しにくいことが認識されてきたのです。
このような経緯から、
言語教師認知研究とは「言語教師が目標指導言語や授業指導に関してどのような認知のプロセスを持って成長しているか」という探求をめざす。言い換えれば、「言語教師がどう考え、何を知り、何を信じているのか、そして何をしているのか」という認知のプロセスを言語教師認知ということばで表します。
多くの言語教師にとって関心の的は、指導言語の知識と技能に関係することであり、かつ、実際にどう指導するかに関連する知識と技能です。どちらに重点を置くかは状況と教師自身の考え方によります。言語教師を取り巻く研修もこれらのどれかに焦点を当て実施されています。文学、言語学、異文化、4技能の指導、発音、導入の工夫など、知識と技能に関する研修が教師の興味を引くでしょう。言語学や文学や言語教育を専門とする言語教育研修の指導者は、自身の研究の観点から様々な知識と技能を提供してきました。また、学校経営、教育課程、生徒指導などの教育にとって重要な研修内容は、校長経験者、指導主事などの経験者が担当し、行政の方針等に沿って、自身の経験と知識をもとに指導してきました。それに対して、教育学の知見を基盤とした教師の研究は、教師を研究の対象として科学的に分析することに終始する傾向がありました。これらの研究や実践が言語教師のために系統的に提供されてきたでしょうか。
英語教育研究はその長い伝統と歴史を形成してきました。「英学」に始まり、「英文学」と「英語学」という二つの学問的柱を中心として英語教育は研究実践されてきました。その伝統に加えて、応用言語学、第2言語研究などを背景とした理論と実践を導入することにより、カリキュラム、指導法、教材などに注目するようになっています。多くは、日本の学校現場の教師文化や実態とは、やや異なる視点からの内容であり、必ずしも現場に浸透するまでには至っていません。1980年代後半に導入された学習指導要領の「オーラルコミュニケーション」という目標設定とALT(Assistant Language Teacher)とのティームティーチングは、ある意味で英語教育を大きく変える出来事でしたが、期待ほどの効果はあがっていない可能性があります。
このような状況に対して、言語教師認知の研究はある意味で重要なカギとなる可能性があります。日本の小学校や中学校を中心にして行われてきた授業研究(lesson study)の伝統と、リフレクティブ・ティーチング(reflective teaching)(授業内容などを、つねに振り返り、考えることにより、授業を改善し、教師としての資質を向上しようとする研修)を背景とした協同のアクション・リサーチ(collaborative action research)(授業内容を、授業実践しながら、同僚とともに、改善しようとする研究)が、言語教師認知研究に支えられるからです。
ー 笹島・ボーグ(2008)『言語教師認知の研究』より
さて、本題です。「自分はことばをどう学んだか?」という問いです。
授業では、グループで関連の話をしました。話題は様々で興味深いと思ってくれればよいと思います。答えがあるわけではありません。他の人と話し合うことで、何が共通の意識で、何が違うか、に気づくか?また、どうしてそう考えるのか?ということを突き詰めて考えるということが、「省察(reflection)」につながります。
みなさんの議論の中で、私が特に印象に残ったのは、「受験」ということです。言い換えれば、「高校や大学の入学試験を目的とした英語学習」ということでしょう。
英語が話せないのは受験教育のせいだ。
文法訳読は受験には欠かせない。
本当は受験指導などはしたくないけど。。。
このような問題は、「学習指導要領」とはかけ離れています。みなさん気づいているのに、だれも解決できません。
実は、高校入試も大学入試も変わっています。学校の英語教育も少しずつですが変わっています。教師の意識はどうでしょうか?
次の話題は、「ことば(主に英語)はどう教えられているか?」です。
次のサイトにアクセスして指導事例を参照して、この課題について意見を言えるようにしておいてください。
英語ネット
また、自分の興味あるテーマについてのリサーチを少しずつ始めてください。
まず、次の図を見てください。Simon Borg (2006)をもとに、日本の英語教師の認知の構造を表したものです。
言語教師認知の研究
ここで考える言語教師認知の研究のポイントは、
言語教師の課題解決につながる教師の認知プロセスの探求
英語教育研究の伝統と歴史の中の言語教師認知
教員研修の重要なカギとなる言語教師認知
近年、言語教師認知と授業実践との関連性の研究が徐々に注目され、この十数年間徐々に教師の心的プロセスへの注目度が高まり、その関心が浸透するようになってきました。言語教師として必要な力量は何か、言語教師として指導に携わるための知識と技能は何か、それを基盤とした教授力や学習指導力はどのように養成し、育成していくのか、また、その言語教師としての力量と学校教育における教育活動全般にかかわる力量との関連などが取りざたされてきました。しかし、それだけでは言語教師の今日的課題は解決しにくいことが認識されてきたのです。
このような経緯から、
言語教師認知研究とは「言語教師が目標指導言語や授業指導に関してどのような認知のプロセスを持って成長しているか」という探求をめざす。言い換えれば、「言語教師がどう考え、何を知り、何を信じているのか、そして何をしているのか」という認知のプロセスを言語教師認知ということばで表します。
多くの言語教師にとって関心の的は、指導言語の知識と技能に関係することであり、かつ、実際にどう指導するかに関連する知識と技能です。どちらに重点を置くかは状況と教師自身の考え方によります。言語教師を取り巻く研修もこれらのどれかに焦点を当て実施されています。文学、言語学、異文化、4技能の指導、発音、導入の工夫など、知識と技能に関する研修が教師の興味を引くでしょう。言語学や文学や言語教育を専門とする言語教育研修の指導者は、自身の研究の観点から様々な知識と技能を提供してきました。また、学校経営、教育課程、生徒指導などの教育にとって重要な研修内容は、校長経験者、指導主事などの経験者が担当し、行政の方針等に沿って、自身の経験と知識をもとに指導してきました。それに対して、教育学の知見を基盤とした教師の研究は、教師を研究の対象として科学的に分析することに終始する傾向がありました。これらの研究や実践が言語教師のために系統的に提供されてきたでしょうか。
英語教育研究はその長い伝統と歴史を形成してきました。「英学」に始まり、「英文学」と「英語学」という二つの学問的柱を中心として英語教育は研究実践されてきました。その伝統に加えて、応用言語学、第2言語研究などを背景とした理論と実践を導入することにより、カリキュラム、指導法、教材などに注目するようになっています。多くは、日本の学校現場の教師文化や実態とは、やや異なる視点からの内容であり、必ずしも現場に浸透するまでには至っていません。1980年代後半に導入された学習指導要領の「オーラルコミュニケーション」という目標設定とALT(Assistant Language Teacher)とのティームティーチングは、ある意味で英語教育を大きく変える出来事でしたが、期待ほどの効果はあがっていない可能性があります。
このような状況に対して、言語教師認知の研究はある意味で重要なカギとなる可能性があります。日本の小学校や中学校を中心にして行われてきた授業研究(lesson study)の伝統と、リフレクティブ・ティーチング(reflective teaching)(授業内容などを、つねに振り返り、考えることにより、授業を改善し、教師としての資質を向上しようとする研修)を背景とした協同のアクション・リサーチ(collaborative action research)(授業内容を、授業実践しながら、同僚とともに、改善しようとする研究)が、言語教師認知研究に支えられるからです。
ー 笹島・ボーグ(2008)『言語教師認知の研究』より
さて、本題です。「自分はことばをどう学んだか?」という問いです。
授業では、グループで関連の話をしました。話題は様々で興味深いと思ってくれればよいと思います。答えがあるわけではありません。他の人と話し合うことで、何が共通の意識で、何が違うか、に気づくか?また、どうしてそう考えるのか?ということを突き詰めて考えるということが、「省察(reflection)」につながります。
みなさんの議論の中で、私が特に印象に残ったのは、「受験」ということです。言い換えれば、「高校や大学の入学試験を目的とした英語学習」ということでしょう。
英語が話せないのは受験教育のせいだ。
文法訳読は受験には欠かせない。
本当は受験指導などはしたくないけど。。。
このような問題は、「学習指導要領」とはかけ離れています。みなさん気づいているのに、だれも解決できません。
実は、高校入試も大学入試も変わっています。学校の英語教育も少しずつですが変わっています。教師の意識はどうでしょうか?
次の話題は、「ことば(主に英語)はどう教えられているか?」です。
次のサイトにアクセスして指導事例を参照して、この課題について意見を言えるようにしておいてください。
英語ネット
また、自分の興味あるテーマについてのリサーチを少しずつ始めてください。
2013年4月19日金曜日
1. 外国語(英語)を学ぶ/教えるとは?
言語教師認知論という研究に関心を持っていただいてうれしいですね。たくさんの人が来てくれて、きょうは大満足です。それとともに授業もすこし工夫しなくてはいけません。
大事なことは、言語教師認知の研究には確かに枠組みがありますが、この授業はそれに集中するのではなく、どちらかと言えば「学校現場」に焦点を当てて、「英語を教える・学ぶ」を考えましょう。
Language Teacher Cognitionとは
「言語教師が、言語を教える/学ぶにあたって、何を考え、どのような知識があり、どのようなビリーフ(信念)をもっているのか、ということを探求することにより、言語教育を見直し、言語教師自身の成長に寄与しようと意図する」
ということです。
詳しく知りたい人は、『言語教師認知の研究』(笹島・ボーグ, 2009)を購入して読んでください。また、英語版は簡単な説明は次の資料を読んでください。
Introducing Language Teacher Cognition
また、私が代表をしている研究会のサイトです。
JACET言語教師認知研究会
いっしょに暫し学びましょう。
さて、「外国語(英語)を学ぶ/教えるとは?」ということですが、。。。
英語を学ぶ意義は、学習者が英語を学習するにあたり、もっとも大切なことです。しかし、それをどう受け止めているか、あるいは、どう実践しているかは、人によって相当に違います。互いに異なることをまず理解することが大切です。「英語はコミュニケーションのためだ」という意義があったとすると、どのようなコミュニケーションを想定しているのか?
中高の英語教育では、「教科」としての「外国語(英語)」を学ぶという思い込み(assumptions)は、どの程度の共通理解があるのか?「言語(ことば)」として英語を学ぼうということはどういうことか?
これも人によってかなり違います。
不正確に英語を使ってもよいから、まずコミュニケーションだ!
まず基本が大切。発音を正確にしなければコミュニケーションはできない。
文法が分からなければ英語は読めない、書けない。
語彙学習が一番。
私は音読で英語が分かるようになった。だから音読を薦めたい。
学習指導要領にあるとおり、「コミュニケーション能力の基礎を養う」ので、私は、文法、語彙、訳をきちんと教える。それが子供たちの将来に必ず役に立つ。
などなど。
授業では、その他にも多くの話題が出ました。まとめると、
英語を学ぶ目標が受験になっている。もっと大きな目標のもとに英語や外国語は学ぶほうがよい。日本の英語教育の目標は限定的だ。日本の学校教育は画一的で、受験という方向性ができてしまうと、それに従って進んでしまい、結局、「役に立たない英語学習」となってしまう可能性が高い。世界は多言語多文化社会になっているので、もっとそういうことを考えたほうがよい。ヨーロッパは個人主義だ。もっと個人で考えて、行動するほうがよいのではないか?外国語は、「その場そのとき (hear and now)」が最も効果があると思う。もっと英語(あるいは外国語)が話されている状況に入って英語あるいは外国語)を使う機会に接することが大切。
といったものでした。非常に貴重な意見でもどれも正しいし、的を射ていると思います。しかし、大切な点は、これも、人によって受け止め方が異なるということです。
教師認知は、そのような複雑な教師の考え方を理解しようとすることを目的としています。そのことを理解して、英語の教え方や学び方を考えるということです。
コミュニケーションを重視した言語教育(communicative language teaching)(CLT)は主流です。しかし、実はCLTは形がある訳ではありません。Michael Longという人が1988年い提案したFocus on Form という考えは、コミュニケーション活動の中で文法を意識するというものです。ただコミュニケーションをすればよいというのではなく、そこで文法を意識して学ぶということでしょう。
鈴木利彦先生の話題が出ました。鈴木先生は、語用論(pragmatics)を研究している人です。語用論は実際の言語の使用を研究していますから、ある意味で、Focus on Formと似通った活動になります。
まとまりませんが、みなさんとの議論からそんなことを考えました。
次は、「2.自分はことばをどう学んだかについて考える」がテーマです。楽しみにしています。
大事なことは、言語教師認知の研究には確かに枠組みがありますが、この授業はそれに集中するのではなく、どちらかと言えば「学校現場」に焦点を当てて、「英語を教える・学ぶ」を考えましょう。
Language Teacher Cognitionとは
「言語教師が、言語を教える/学ぶにあたって、何を考え、どのような知識があり、どのようなビリーフ(信念)をもっているのか、ということを探求することにより、言語教育を見直し、言語教師自身の成長に寄与しようと意図する」
ということです。
詳しく知りたい人は、『言語教師認知の研究』(笹島・ボーグ, 2009)を購入して読んでください。また、英語版は簡単な説明は次の資料を読んでください。
Introducing Language Teacher Cognition
また、私が代表をしている研究会のサイトです。
JACET言語教師認知研究会
いっしょに暫し学びましょう。
さて、「外国語(英語)を学ぶ/教えるとは?」ということですが、。。。
英語を学ぶ意義は、学習者が英語を学習するにあたり、もっとも大切なことです。しかし、それをどう受け止めているか、あるいは、どう実践しているかは、人によって相当に違います。互いに異なることをまず理解することが大切です。「英語はコミュニケーションのためだ」という意義があったとすると、どのようなコミュニケーションを想定しているのか?
中高の英語教育では、「教科」としての「外国語(英語)」を学ぶという思い込み(assumptions)は、どの程度の共通理解があるのか?「言語(ことば)」として英語を学ぼうということはどういうことか?
これも人によってかなり違います。
不正確に英語を使ってもよいから、まずコミュニケーションだ!
まず基本が大切。発音を正確にしなければコミュニケーションはできない。
文法が分からなければ英語は読めない、書けない。
語彙学習が一番。
私は音読で英語が分かるようになった。だから音読を薦めたい。
学習指導要領にあるとおり、「コミュニケーション能力の基礎を養う」ので、私は、文法、語彙、訳をきちんと教える。それが子供たちの将来に必ず役に立つ。
などなど。
授業では、その他にも多くの話題が出ました。まとめると、
英語を学ぶ目標が受験になっている。もっと大きな目標のもとに英語や外国語は学ぶほうがよい。日本の英語教育の目標は限定的だ。日本の学校教育は画一的で、受験という方向性ができてしまうと、それに従って進んでしまい、結局、「役に立たない英語学習」となってしまう可能性が高い。世界は多言語多文化社会になっているので、もっとそういうことを考えたほうがよい。ヨーロッパは個人主義だ。もっと個人で考えて、行動するほうがよいのではないか?外国語は、「その場そのとき (hear and now)」が最も効果があると思う。もっと英語(あるいは外国語)が話されている状況に入って英語あるいは外国語)を使う機会に接することが大切。
といったものでした。非常に貴重な意見でもどれも正しいし、的を射ていると思います。しかし、大切な点は、これも、人によって受け止め方が異なるということです。
教師認知は、そのような複雑な教師の考え方を理解しようとすることを目的としています。そのことを理解して、英語の教え方や学び方を考えるということです。
コミュニケーションを重視した言語教育(communicative language teaching)(CLT)は主流です。しかし、実はCLTは形がある訳ではありません。Michael Longという人が1988年い提案したFocus on Form という考えは、コミュニケーション活動の中で文法を意識するというものです。ただコミュニケーションをすればよいというのではなく、そこで文法を意識して学ぶということでしょう。
鈴木利彦先生の話題が出ました。鈴木先生は、語用論(pragmatics)を研究している人です。語用論は実際の言語の使用を研究していますから、ある意味で、Focus on Formと似通った活動になります。
まとまりませんが、みなさんとの議論からそんなことを考えました。
次は、「2.自分はことばをどう学んだかについて考える」がテーマです。楽しみにしています。
2013年4月16日火曜日
2013 言語教師認知の授業の概要
2013年度さらに言語教師認知の研究は盛んになっています。
今年からは、英語という言語の教師、つまり、英語教師に焦点を当てましょう。
目標は、二つです。
自分を知る・自己を見つめる
英語はどう教えるか?英語教師はどう教えているのか?
授業シラバスは概ね次のように進みますが、みなさんの興味の向く方向に行きましょう。
1. 外国語(英語)を学ぶ/教えるとは?
2.自分はことばをどう学んだかについて考える
3.ことば(主に英語)はどう教えられているか?(1)
4.ことば(主に英語)はどう教えられているか?(2)
5.ことばはどう学ばれているか?
6.外国語(英語)はどう学ばれているか?
7.ことばの教え方を調べる(1)国語と英語はどう違うか?
8.ことばの教え方を調べる(2)英語とヨーロッパ言語とはどう違うか?
9.ことばの教え方を調べる(3)英語とアジア言語とはどう違うか?
10.ことばの教え方を調べる(3)国語と日本語はどう違うか?
11.ことば(主に英語)の教え方について話しあう(1)
12.ことば(主に英語)の教え方について話しあう(2)
13.言語教師認知を考える(1)
14.言語教師認知を考える(2)
15.まとめ
今年からは、英語という言語の教師、つまり、英語教師に焦点を当てましょう。
目標は、二つです。
自分を知る・自己を見つめる
英語はどう教えるか?英語教師はどう教えているのか?
授業シラバスは概ね次のように進みますが、みなさんの興味の向く方向に行きましょう。
1. 外国語(英語)を学ぶ/教えるとは?
2.自分はことばをどう学んだかについて考える
3.ことば(主に英語)はどう教えられているか?(1)
4.ことば(主に英語)はどう教えられているか?(2)
5.ことばはどう学ばれているか?
6.外国語(英語)はどう学ばれているか?
7.ことばの教え方を調べる(1)国語と英語はどう違うか?
8.ことばの教え方を調べる(2)英語とヨーロッパ言語とはどう違うか?
9.ことばの教え方を調べる(3)英語とアジア言語とはどう違うか?
10.ことばの教え方を調べる(3)国語と日本語はどう違うか?
11.ことば(主に英語)の教え方について話しあう(1)
12.ことば(主に英語)の教え方について話しあう(2)
13.言語教師認知を考える(1)
14.言語教師認知を考える(2)
15.まとめ
活動 グループ討論
リサーチ
発表(口頭とレポート)
英語教師の考え方/教え方の探求!
2012年8月2日木曜日
言語教師認知論2012を終えて
最終会は、特別講師を迎えて、内容的にちょっと濃かったのですが、個人的には勉強になりました。中国におけるglobal understandingに関する教師の認知は、現在の中国の発展を考えると重要なテーマで興味をそそります。
英語を教えるということは、国際理解や異文化理解(文化間理解)と深く関係します。小中高では英語を教えていますが、学習指導要領では「外国語」となっています。ことばは広い理解の始まりでもあるし、欠かせない道具ですが、内容でもあります。
コミュニケーションの重要性は多くの人が指摘するし、社会の中で生きる人間の生活の基盤です。それだけではなく、理解を図る上でコミュニケーション能力がなければうまくいかないでしょう。文化はその際に潤滑油にもなるし、障害にもなります。
「国際理解」ということば自体の理解のしかたも教師一人ひとり違うでしょう。英語では、global or international understandingと一般に言われますが、ヨーロッパなどではあまり聞かない気がします。個人的な思い込みなので事実ではないと思いますが、そんな気がします。どちらかというと、教師の人と話していると、intercultureということばをよく聞きます。
しかし、東アジアでは、「国際理解」は英語を学ぶ際には大きな目標となっているようです。実際は、「国際理解」と称して何をしているのでしょうか?私個人の経験では、「英語圏の文化を体験したり,歌や食べ物や行事を紹介し、平和に仲良くやりましょう」という内容が多かったように思います。それが悪いというわけではありませんが、実際は、もっと個人的なつながりをすることのほうがいつも重要なのではないかと思います。その意味で、英語や互いの言語を利用できることはとても大切です。
Kさんは、日本の大学院で英語教育を研究し、日本語も英語も堪能です。これからますます活躍していただきたいと思います。
さて、さいごの授業で、発表した内容についてレポートをいただきました。ありがとうございます。あらためて興味深く読ませていただきました。それぞれのテーマはどれも、言語教師認知的に見れば、たいへん重要です。ぜひ追求していただきたいと思います。
教師は、教える人であり、研究する人です。英語教師であれば、英語を教えることがまず第1の仕事です。そのための知識、技能、経験はつねにブラッシュアップする必要があります。多くの外国語の教師は、自分の知識や技能に自信を持っていません。もし自信があるとしたら、それはおそらく間違いです(と思います)。
言語教師認知論自体は、何もないかもしれませんが、教師である自分を考える、自分を探求する、それも生徒や同僚を通して自分を見つめる、生徒や同僚も教師を通して自分を考える、というような「学び」を教師という観点から考え、発展させることと深く関係しています。教師自体を研究の対象とするわけではないと考えています。特に言語教師はその点について考える必要があります。文法や単語を教えたり、受験指導をしたり、英語でコミュニケーションすることを教えているだけでは壁に突き当たります。その先があると思います。その先とは、私にもわかりませんが、実際、それぞれのことを探求してすばらしい成果を上げている人がたくさんいます。それをただ見倣うのではなく、「自分を見つける」ことが大切でしょう。そのヒントが、言語教師認知の研究にはあると思うわけです。
英語の知識や技能の向上には何も役立たなかったかもしれませんが、数ヶ月ありがとうございました。また引き続きよろしく。
このブログは,メモです。乱筆乱文ご容赦ください。
英語を教えるということは、国際理解や異文化理解(文化間理解)と深く関係します。小中高では英語を教えていますが、学習指導要領では「外国語」となっています。ことばは広い理解の始まりでもあるし、欠かせない道具ですが、内容でもあります。
コミュニケーションの重要性は多くの人が指摘するし、社会の中で生きる人間の生活の基盤です。それだけではなく、理解を図る上でコミュニケーション能力がなければうまくいかないでしょう。文化はその際に潤滑油にもなるし、障害にもなります。
「国際理解」ということば自体の理解のしかたも教師一人ひとり違うでしょう。英語では、global or international understandingと一般に言われますが、ヨーロッパなどではあまり聞かない気がします。個人的な思い込みなので事実ではないと思いますが、そんな気がします。どちらかというと、教師の人と話していると、intercultureということばをよく聞きます。
しかし、東アジアでは、「国際理解」は英語を学ぶ際には大きな目標となっているようです。実際は、「国際理解」と称して何をしているのでしょうか?私個人の経験では、「英語圏の文化を体験したり,歌や食べ物や行事を紹介し、平和に仲良くやりましょう」という内容が多かったように思います。それが悪いというわけではありませんが、実際は、もっと個人的なつながりをすることのほうがいつも重要なのではないかと思います。その意味で、英語や互いの言語を利用できることはとても大切です。
Kさんは、日本の大学院で英語教育を研究し、日本語も英語も堪能です。これからますます活躍していただきたいと思います。
さて、さいごの授業で、発表した内容についてレポートをいただきました。ありがとうございます。あらためて興味深く読ませていただきました。それぞれのテーマはどれも、言語教師認知的に見れば、たいへん重要です。ぜひ追求していただきたいと思います。
教師は、教える人であり、研究する人です。英語教師であれば、英語を教えることがまず第1の仕事です。そのための知識、技能、経験はつねにブラッシュアップする必要があります。多くの外国語の教師は、自分の知識や技能に自信を持っていません。もし自信があるとしたら、それはおそらく間違いです(と思います)。
言語教師認知論自体は、何もないかもしれませんが、教師である自分を考える、自分を探求する、それも生徒や同僚を通して自分を見つめる、生徒や同僚も教師を通して自分を考える、というような「学び」を教師という観点から考え、発展させることと深く関係しています。教師自体を研究の対象とするわけではないと考えています。特に言語教師はその点について考える必要があります。文法や単語を教えたり、受験指導をしたり、英語でコミュニケーションすることを教えているだけでは壁に突き当たります。その先があると思います。その先とは、私にもわかりませんが、実際、それぞれのことを探求してすばらしい成果を上げている人がたくさんいます。それをただ見倣うのではなく、「自分を見つける」ことが大切でしょう。そのヒントが、言語教師認知の研究にはあると思うわけです。
英語の知識や技能の向上には何も役立たなかったかもしれませんが、数ヶ月ありがとうございました。また引き続きよろしく。
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